慶子はいつものようにホームで電車を待っていた。
慶子が毎朝通勤に使うこの駅は新宿行きの急行の停車駅で、駅の近くには新興のベッドタウンが広がる郊外の駅だ。さっき停まった各駅停車からの乗り換え客でホームには人が溢れていた。
慶子はカバンから秘書検定の参考書を取り出し、しおりの挟んだページから文字を追い始めた。
慶子は首都圏の国立の4年制大学を卒業し、4年前に大手の電機メーカーに就職した。折からの就職難で大学の同級生からは羨ましがられたが、入社の後もスキルアップをしておかないと希望の部署に配属されないシステムで、慶子は秘書検定を取り社長室への転換を望んでいた。元から勉強好きな慶子はこうして通勤時間の合間も資格の勉強に当てていた。
「間もなく∼2番線に新宿行き急行が参ります。皆様ホームの白線より下がってお待ちください」決まり切った構内放送の後に電車がホームに滑り込んできた。慶子が乗る駅では座席に座ることはまず不可能で、ラッシュの波に押されるままに乗った反対側の扉のそばで立っていた。慶子は参考書を片手に持ち替えるとまたアンダーラインの引かれた文字の列を追い始めた。慶子の横には彼女を地獄へ導く悪魔が顔を眺めていることは、知る由もなかった・・・。
「!」
慶子の自宅の最寄り駅から急行電車が走り始めて5分ほど経った頃だろうか。慶子の背筋に悪寒が走った。
「お尻、触られている・・・痴漢だわ・・・」
慶子の尻の左側の膨らみをスカートの上から触る手があった。節くれだった男の手だ。間違いない。慶子の尻の膨らみを円を描くように手の平で撫でている。慶子はその手を外そうと左手を伸ばした。しかし、車内の混雑振りはそれを許さなかった。
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